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東京地方裁判所 平成5年(ワ)13276号 判決

原告

吉松敬太郎

右訴訟代理人弁護士

高山征治郎

東松文雄

亀井美智子

中島章智

枝野幸男

被告

株式会社真名子カントリークラブ

右代表者代表取締役

久保義輝

右訴訟代理人弁護士

猪山雄治

主文

一  被告は原告に対し、金一〇〇〇万円及びこれに対する平成五年四月二四日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

二  訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第一  請求

主文と同旨

第二  主張

一  請求原因

1  被告は、預託金ゴルフ会員制事業を営む会社である。

2  原告は、平成二年四月二六日頃、左記の内容のゴルフ会員契約(以下「本件会員契約」という)を締結した。

(一) 原告は、被告に対し一〇〇〇万円を入会保証金として返還据置期間一五年の約定で預託し、被告は原告に対し、直ちに保証金証書を発行する。

(二) 原告は、被告が経営する栃木県所在の二七ホールのゴルフ場真名子カントリークラブ(以下「本件ゴルフ場」という)を会員として優先的に利用できる。

(三) 本件ゴルフ会員権は、理事会の承認を得ていつでも譲渡できる。

(四) 被告は、平成二年一二月までに二七ホール中さくらコースと呼称している九ホールを全面的に改良する。

(五) 被告は、少なくとも年一回の会員総会を開催する。

3  ところが、被告は、原告が平成二年四月二六日頃、前記2(一)記載の一〇〇〇万円を預託したにもかかわらず、保証金証書を原告に交付せず、同(三)の譲渡を認めず、かつ同(四)のさくらコースの改良工事に着手せず、同(五)の会員総会もまったく開催しない。

4  ところで、被告は、昭和四八年一一月開場の預託金会員制ゴルフ場を経営しており、他の殆どの預託会員制ゴルフ場と同様、前記2(三)のとおり、会員権の譲渡自由を約しており、右譲渡性のあることが本件会員契約の主要な内容となっている。

しかるに、被告は本件ゴルフ場開場以来本日まで約二〇年間にわたって名義書換停止措置を取り続け、本件会員権の譲渡性を実質的に侵害する契約違反を行ってきた。

5  原告は、被告に対し、平成五年四月二三日到達の書面をもって、本件会員契約を債務不履行を理由に解除する旨の意思表示をした。

6  よって、原告は被告に対し、本件会員契約の解除に基づく原状回復請求として、一〇〇〇万円及びこれに対する解除の日の翌日である平成五年四月二四日から支払済みまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  1は認める。

2  原告と被告との間において、(一)原告は被告に対し、一〇〇〇万円を返還据置期間一五年の約定で預託する、(二)原告は被告が経営する本件ゴルフ場を会員として優先的に利用できる、との約定による会員契約を締結したことは認め(但し、契約締結日は入金が完了した平成二年五月一七日である)、その余は否認する。

保証金証書は、原告が会員資格保証金を支払うため借り入れた七〇〇万円を完済した後に発行する旨が合意されている。

原告が本件会員契約を締結した当時、名義変更停止中であり、原告はこの扱いが当分の間継続し、名義変更停止の解除後、理事会の承認を得て会員権をいつでも譲渡できることを承諾して本件会員契約を締結したものである。

さくらコースの全面的改良は、被告の経営方針により決定されたものであって、被告が個々の会員との間でかかる義務を負担するものではない。

3  3は否認する。

原告は、会員資格保証金として、平成二年四月二六日に現金で三〇〇万円、同年五月一七日に原告が日本総合信用株式会社から七〇〇万円を借り入れて入金したものであり、保証金証書は、右借入金の返済後に発行する約束であった。

さくらコースの改造については、航空測量及び設計が終了し、改造のための開発行為の許可申請の準備中である。さくらコースの敷地に国有地及び賃借地が存在しているため、この賃借人からの開発行為の同意書、国有地の払下手続のための境界確認が順調にいかず、作業が中断しているのにすぎない。

また、会員総会は、被告が開催するものではなく、クラブが開催するものである。

被告は、原告から会員権譲渡の承認を求められたことはない。

4  4のうち、被告が昭和四八年一一月開場の預託金会員制ゴルフ場を経営していることは認め、その余は否認する。

原告は、名義変更停止中で、しかも、この措置が当分の間継続することを承知して入会したものであって、本件ゴルフ会員権について全面的な自由譲渡性を認めていない。

被告が名義変更停止の措置を執ったのは、昭和五八年からである。原告に限っては契約違反を構成しない。

5  5は否認する。

三  抗弁

1  コース改良についての債務不履行の主張について

仮にさくらコースの改良が原告に対する債務であるとしても、被告は右債務について不履行をしていない。すなわち、

(一) 被告が原告に対して負担する債務の内容は、「平成二年度中においてさくらコースの改造に着手し、誠実にコースを改造すること」である。

(二) 被告は、誠実に右義務を尽くし、履行しているものであり、ここまで遅れたのは、当初予定に入っていなかった国有地の払下げの手続をすることを国有地の管理者から指導され、この手続のため隣接地の所有者の探索(相続登記が未了のため相続人調査、その現住所調査)に日数を費やし、その上、関一恵、三澤梢(国有地の隣接地で、かつ、さくらコースの三番、四番ホールに土地を有する地主)から、被告が国有地の払下げを受けると同人らの所有地が飛び地になるため、これを解消する措置を執らなければ同意できないと条件をつけられ、この対応に追われたためであり、被告の責めに帰すべき事由ではない。

2  仮に解除が認められたとしても、原告は、既に会員として本件ゴルフ場を次のとおり、平成二年度に一〇回、平成三年度に一六回、平成四年度及び平成五年度に各一回の合計二八回利用しているので、入会申込金に相当する三〇〇万円は返還の対象とならない。

(一) 平成二年度の利用

五月一三日、五月二〇日、七月八日、七月一四日、七月二九日、八月一四日、八月二六日、一〇月二一日、一一月一二日、一二月九日

(二) 平成三年度の利用

三月三日、三月一〇日、三月二一日、四月二一日、五月四日、五月一九日、六月二日、六月八日、七月七日、七月二八日、八月一四日、八月一六日、八月一八日、九月一日、九月一六日、一〇月六日

(三) 平成四年度の利用

八月一七日

(四) 平成五年度の利用

三月二一日

四  抗弁に対する認否

1  抗弁1(一)は否認する。平成二年度中に改良工事を完成すべき契約であった。同(二)の事実は否認し、法的見解は争う。

2  同2の主張は争う。

第三  証拠

本件記録中の書証目録及び証人等目録の記載を引用する。

理由

一  請求原因1の事実は当事者間に争いがない。

二1  請求原因2の事実中、原告と被告との間において、(一)原告は被告に対し、一〇〇〇万円を返還据置期間一五年の約定で預託する、(二)原告は被告が経営する本件ゴルフ場を会員として優先的に利用できる、との約定による本件会員契約を締結したことは当事者間に争いがない。

2  そして、甲四(本件ゴルフ場の会則)によれば、会則中には、「入会預り金は会員資格保証金として会社に預託し、その会員資格取得の日より一五か年間、据置き利子は付けない。その後請求あり次第取締役会及び理事会の承認を得て三〇%の申込金を差引き返還するものとする」(六条)、「入会預り金は理事会の承認を得て譲渡することができる」(一〇条)、「総会は特別会員及び正会員をもって構成する」(二〇条)、「総会は年一回定時総会を開き重要な事項を討議する」(二一条)との定めがあることが認められ、これらの事項は本件会員契約の内容になっているということができる。

3  また、甲三(本件ゴルフ場のパンフレット、証人澤田元一の証言により真正に成立したと認められる)及び原告本人によれば、原告は、本件会員権を購入する際、営業マンの渡辺実から本件ゴルフ場に関するパンフレットを示されたが、さくらコースの全体のコースレイアウトのスケッチが描かれたところの上に「さくらコース(2年度全面改良予定)」との記載がされ、平成二年三月中旬頃に本件ゴルフ場に視察プレーに出掛け、さくらコースが全面改良されるのなら入会してもいいという感想を持ち、渡辺からも平成二年中にはコースが改修されると言われたため、平成二年中にさくらコースの改修が完成すると信じて本件会員契約を締結したことが認められる。

ゴルフ会員権販売の勧誘に使用されるパンフレット中にコース改良に関する記載がある場合には、その記載が当該会員権の購入予定者に対し購入の可否を決める重要な要素となり、販売価格が適正か否かを判断する際の重要なポイントになるというべきであるから、右記載内容は、会員契約の内容になるものというべきである。

ところで、右パンフレット中の「さくらコース(2年度全面改良予定)」との記載は、被告において平成二年一二月末日までに同コースの改良を完成することを確定的に約したものと解するには疑問がある。しかし、他方、被告の主張するように、右記載が平成二年度中に改良工事に着手するという意味にすぎないというのも相当でない。結局、右記載の趣旨は、被告において、平成二年度中にさくらコースの改良に着手し、それから改良工事完成までに通常要すると思われる合理的期間内に完了することを約したものというべきである。

三  そこで、原告が本件会員契約を解除できるような被告の債務不履行があったか否かについて判断する。

1  被告が長年にわたり名義書換停止措置を執っていたことについて

(一)  証拠(甲六、乙三、証人澤田元一)によれば、本件ゴルフ場は、昭和四八年一一月二六日に開場されたゴルフクラブであるが、右開場からしばらく名義書換停止措置を取り続けた後、昭和五〇年四月頃に名義書換を開始したが、開場後一〇年を経過した頃からコース改良が必要となり、その資金を捻出するため会員権の追加募集をすることになったため、昭和五八年に再び名義書換停止措置を執り、本件に至ったが、平成六年二月四日に右名義書換停止措置を解除したことが認められる。

(二)  証拠(証人牛島貞夫、同澤田元一)によれば、一般にゴルフ会員権について名義書換停止措置が執られるのは、新たにゴルフ場が開設され新規会員を募集する際あるいは開設後であってもコース改良等のため多額の資金が必要となった場合にその資金捻出のため会員の追加募集を行うに際して行われる場合が多いところ、そのような場合、名義書換を認めることにより他のゴルフ場に比べて相場が低いことが明らかになり会員の追加募集に差し支えるなどの不都合があるため、これを防ぐために停止措置が執られる場合もあること、本件において被告が本件ゴルフ場につき昭和五八年から名義書換停止措置を執ったのは、同年頃から本件ゴルフ場のコース改良工事を開始し、そのための資金捻出の必要から会員の追加募集をする必要があったところ、昭和五八年の名義書換停止前の相場が他のゴルフ場と比べて思わしくなかったことから真実の相場が明らかになるのを防ぐ思惑もあったことが認められる。

(三)  ところで、本件ゴルフ場の会則は、前記のとおり「入会預り金は理事会の承認を得て譲渡することができる」(一〇条)と定め、会員権の譲渡の自由を保証しているのであり、右会員権の譲渡性は、原告を含む本件ゴルフ場の会員の会則上有する重要な基本的権利であるというべきである。しかも、右会則上は、会員権の名義書換停止に関する規定がなく、被告が行っている名義書換停止措置は、会員の承諾なくしてされた一方的措置というほかなく、その期間も、昭和五八年から平成六年までの約一一年間(原告が本件会員権を購入した平成二年四月当時約七年が経過しており、その後も名義書換停止措置の解除まで約四年間が経過した)にも及ぶものであって、かかる長期にわたる名義書換停止措置を執り続けていたことについては、本件証拠上その合理性を肯定することはできない。

したがって、被告が右のような長期にわたって名義書換停止措置を執っていたことは、抽象的には、会則で定められた本件会員権の譲渡性を妨げるものというべきであって、原告との間の本件会員契約上の義務を怠っているものと評価することもできよう。

(四)  しかし、一般的に名義書換停止措置が執られていたとはいえ、被告は、事情の如何を問わず一切の名義書換えに応じないとの姿勢を明示していたことはなく、個々の会員の個別的事情に応じ、その請求により名義書換えを認めていたこともある(証人澤田元一)から、原告が名義書換えに応じないとの理由で本件会員契約を解除するには、その前提として被告に対し、名義書換えに応じるよう催告することが必要であると解される。しかるに、本件においては、原告から被告に対し、かかる催告がなされたとの主張・立証はなく、かえって、証拠(甲二、乙一、原告本人)によれば、原告が本件会員権取得のためのローンを完済し、従前ローン会社に譲渡担保に供していた本件会員権を確定的に取得した平成四年九月頃は、全般的にゴルフ会員権の相場が低迷していたこともあり、原告は、すぐに売っても得でないと判断し、第三者への譲渡を見合わせ、したがって、被告に対し本件会員権の名義書換えを求めることもなかったことが認められる。

したがって、被告が名義書換停止措置を執っていたことを理由とする解除の意思表示は、その前提としての催告を欠き、無効というべきである。

2  さくらコースの改良工事の遅れについて

(一)  前記のとおり、本件会員契約上、被告は、原告その他本件ゴルフ場の会員に対し、平成二年度中にさくらコースの改良に着手し、それから改良工事完成までに通常要すると思われる合理的期間内に右工事を完了することを約したものというべきである。

(二)  証拠(乙四の一ないし四、五の一ないし四、六の一ないし六、七の一・二、八の一・二、九、一〇の一・二、一一の一ないし三〇、一二ないし一六、一七の一ないし三、証人澤田元一)によれば、さくらコースの改造については、平成元年九月に航測平面図及び縦横断図の作成を発注し、右図面が完成した同年一〇月に日本ゴルフ場建設株式会社に、さくらコース改造のための設計及び施工監理を依頼したが、その後開発許可の許可申請をする段階になって、コース内に存在する国有地である認定外道路の払下げの手続をとるよう管理者から指導され、国有地の用途廃止及び売払いの同意を払下げ予定の右国有地の隣接地主から得るための手続が必要となり、右地主の最終的な同意が得られたのが平成六年五月になってからであること、更に平成六年二月には、さくらコースの改造について再度検討が行われ、同年三月に改めて設計監理及び工事を発注し、ようやく同年四月になって、さくらコースを閉鎖して工事に着手し、本件口頭弁論終結時点(平成六年七月二八日)においても未だ完成していないことが認められる。

(三) 右事実によれば、現実の工事着手時期が当初予定から約四年も遅れた平成六年にずれ込んでおり、いまだ完成していないというのであるから、平成二年度中にさくらコースの改良に着手し、それから改良工事完成までに通常要すると思われる合理的期間内に右工事を完了したとは到底いえず、被告は、右債務につき履行遅滞に陥ったというべきである。

(四) そして、このように工事着手及び工事完成が遅延したのは、主として開発許可の申請段階になって当初予想していなかった繁雑な手続が必要となり、その手続に長期間を要したためであり、結局のところ被告の工事遂行に関する見通しの甘さに起因するというべきであるから、右工事遅延が被告の責めに帰すべからざる事由によるということもできない。

(五) 原告が平成五年四月二三日到達の書面をもって、被告に対し、被告が名義書換停止措置を継続していること、さくらコースの全面改良が実施されていないこと等を理由に本件会員契約を解除する旨の意思表示をしたことは、成立に争いのない甲一二の一・二により認められる。そして、右時点においては、被告は未だ改良工事に着手すらしていなかったのであり、原告に工事を相当期間内に完成させる旨の催告の手続を執らせることは無意味であるから、原告は本件会員契約を無催告で解除することができるというべきであり、原告のした右解除の意思表示は有効である。

四  そうすると、原告の主張するその他の債務不履行事由について判断するまでもなく、原告の請求は理由があるからこれを認容する。

なお、被告は、原告が既に会員として本件ゴルフ場を合計二八回利用しているので、入会申込金に相当する三〇〇万円は返還の対象とならない旨主張するが、原告の請求は、本件会員契約が債務不履行を理由に解除されたことに基づく原状回復請求として、契約締結時に被告に預託ないし交付した合計一〇〇〇万円の金員の返還を求めるものであるから、原告が解除前本件ゴルフ場を数回利用したからといって、右三〇〇万円の返還請求を否定する理由はない。また、被告の右主張が、本件ゴルフ場の会則六条所定の「入会預り金は会員資格保証金として会社に預託し、その会員資格取得の日より一五か年間、据置き利子は付けない。その後請求あり次第取締役会及び理事会の承認を得て三〇%の申込金を差引き返還するものとする」との条項に基づくものであるとしても、右条項は、会員が本件ゴルフ場を任意に退会する場合に被告から原告に返還されるべき入会預り金の額を定めたものにすぎず、本件のように本件会員契約の解除に基づく原状回復請求権の額の上限を画する趣旨の規定であると解することはできないから、いずれにしても被告のこの点に関する主張は理由がない。

(裁判官田中俊次)

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